【犬王】犬王の能、もととなったエピソードⅣ【竜中将】

犬王 能面 犬王

この記事では、映画『犬王』・原作『平家物語 犬王の巻』で、犬王の作として登場した4つの演目について『平家物語』に記される元となったエピソードを紹介します。

今回は『竜中将』。劇中劇としては、最後の作品です。

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犬王の『竜中将』(りゅうのちゅうじょう)

映画『犬王』の原作『平家物語 犬王の巻』では、この演目をこう説明しています。

曲名を「竜中将」といった。竜、とあることからも察せられようが、これは「鯨」で演じられた竜神、それから竜王のその舞があまりに語り種で、『あれを観たい。おお、あの劇の全部を再び観ることは無理でも、せめてあの舞、あの竜王は、ふたたび拝みたいわ』との声があまりに高まったので、これに応えるために準備された。

この『竜中将』話の筋は、時空を行き来し複雑です。筋など見極められぬ、と称賛をこめて語られた、と作者は記します。

舞台は、夢の中。海の底竜宮に、中将の面をつけた主役・犬王がいます。平家が滅亡し、大方が壇ノ浦に沈んだことを、夢のうちに知る、中将。犬王の演じる、竜中将。中将のモデルは、壇ノ浦までは行くことのなかった、平維盛でしょうか。

 

犬王は、冒頭で地謡(じうたい)に『これは夢』と謡わせます。

そして、主役の中将が『己は誰かに夢見られているらしい』と語るのです。夢の主は中将ではない、では誰なのでしょう。

中将は華麗な竜宮を遊歩している。そして、この夢の主を探ろうと、夢の中でさらに、夢をみます。

そこに、滅んだはずの一門の末裔どもが、いるではないか。
『これはこれは、落人の里』と中将は謡う。
『これはこれは、唱えるのは経典』と中将は謡う。
『それも一門の間でのみ、伝え、伝えて残された、幻の経巻。その幻経からの文を読みつつ、朝に夕に勤めつつ、己を夢見たか。己のいる竜宮を顕(た)たせたか。おお、なんという殊勝な心がけだ。そして、幻経と言われた竜畜経の、なんという灼(あらた)かな霊験だ。おお!』

祈り、祈られ、長い月日を経た平家の者たちは、竜神となり、舞います。中将の身をかりて、犬王の身をかりて舞うのです。

この竜宮の夢は、後の平家の末裔たちの夢。そして、さらには観客の夢。犬王は、観客を、中将の幽幻の世界へと巻き込んでいきます。

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『平家物語』では、徳子の夢に

そんな犬王の能のもとになった『平家物語』の場面を紹介します。原文・訳文の順に載せています。原文はクリックで拡大できます。

『平家物語』(覚一本)では、竜宮城を視たのは、建礼門院徳子でした。

灌頂巻、六道之沙汰より

灌頂巻 六道之沙汰 2

訳文
さて、武士どもに捕らえられて、都に上って参りましたとき、播磨国明石浦に着いて、少しうとうとと眠りました時の夢に、昔の内裏よりはるかに立派な所に、先帝をはじめ奉り、一門の公卿殿上人が、みな格式高い礼装で威儀を正して居並んでおられました。都を出てから、このような所をまだ見ませんでしたので、『ここはどこでしょうか』と尋ねますと、二位の尼と思われる方が『龍宮城』と答えました。そこで『結構なところですね。ここには苦はないのですか』と尋ねましたら、『それは竜畜経のなかにみえております。よくよく後世を弔ってください』と申すと見て、夢がさめました。その後は、いよいよ経を読み念仏を唱えて、先帝をはじめ一門の御菩提を弔い申しております。これらはみな六道に違いないことと思われました」
夢のなかで、海の底の竜宮をみた、建礼門院徳子。彼女は平清盛の娘で、高倉天皇の中宮となった人物。平家とともに沈んだ安徳天皇の母でもあります。二位の尼・時子は徳子の母。
徳子は壇ノ浦で、安徳天皇に続き入水しましたが、助けられました。母も子も、一門の多くが亡くなったなかで生き残ったのです。彼女は苦しんだでしょう。そんな彼女が夢にみたのが竜宮城。
竜は当時、畜生であるとされました。『往生要集』では「其の住処に二有り。根本は大海に住み、支末は人天に雑わる」とされ「又、諸の竜の衆は、三熱の苦を受けて、昼夜休むこと無し」と書かれます。ですから徳子は、竜となって竜宮にいる彼ら一門の者に『苦はないのですか』と問うているのですね。
しかし、二位の尼が答えた『竜畜経』というものが、資料が無くどのような書物であったのか、分かっていません。
『平家物語 犬王の巻』の作者が書くように、平家の者たちだけに読まれた秘密の経典だったのでしょうか。ぜひ、見てみたい書物ですよね。
映画『犬王』の中ではこの『竜中将』、将軍足利義満の前で演じられていました。
舞台は、「北山第」後の金閣寺だそう。まだ、金箔がはられる前の金閣の舎利殿や、見事な池泉回遊式庭園が描き出されていました。

金閣寺は次の足利義持の代で、舎利殿以外の寝殿等は解体されています。池の上の橋殿を、見てみたかったものです。現存する景色としては、平安神宮の東神苑、太平閣などがイメージに近いでしょうか。

平安神宮 東神苑 太平閣

池の上に張り出した建築をうまく利用し、竜として舞う犬王。その竜の姿は、天人のようでもありました。

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”平家もの”の能楽

現代でも観られる”平家もの”の能楽を挙げてみます。

鹿ケ谷の陰謀「俊寛」
宇治川の合戦「頼政」
木曽義仲討伐~最期「実盛」「木曽」「巴」「兼平」
平家都落ち~一ノ谷「小督」「通盛」「経正」「忠度」「知章」「敦盛」「俊成忠度」
屋島「屋島」
壇ノ浦「碇潜(いかりかずき)」

他にも「熊野(ゆや)」「鵺(ぬえ)」、後日談「景清(かげきよ)」「大仏供養」「二人静」「生田敦盛」、鞍馬時代の義経「鞍馬天狗」「橋弁慶」、義経逃避行「正尊(しょうぞん)」「船弁慶」「吉野静」「安宅(あたか)」「摂待(せったい)」なども広義には、”平家もの”と言えそうです。
いかがでしたか。
四回にわたって、犬王の能、劇中劇である作品の元となったエピソードを紹介しました。劇中劇の解説に留まりましたが、楽しんでいただけたら幸いです。
最期まで読んでいただき、ありがとうございました。

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