【もみじの永観堂】導く者も、導かれる者も。

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永観堂 もみじと多宝塔 京都のお寺・神社 
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浄土宗西山禅林寺派の総本山。山号は聖衆来迎山(しょうじゅらいごうざん)。正しくは無量寿院禅林寺。本尊は阿弥陀如来。
863年に清和天皇の勅額を賜って禅林寺となりました。中興の祖である7世永観(ようかん)の時に、本尊を大日如来から阿弥陀如来とし、浄土念仏の道場となります。
17世の時に、真言宗から浄土宗西山寺派に改宗。

重要文化財の本尊阿弥陀如来立像は「見返り阿弥陀」と呼ばれます。

永保2年(1082年)2月15日早朝。阿弥陀堂に人影が動く。夜を徹して念佛行に励んでいる僧侶がいるらしい。
東の空がしらじらとし始めた。ふっと緊張がとけた一瞬、僧は息をのんだ。自分の前に誰かがいる。それが誰か気がついて、足が止まった。
「永観、遅し」
ふりかえりざま、その方は、まっすぐ永観の眼を見つめられた。
永観堂禅林寺のご本尊は、首を左にかしげ、ふりむいておられます。ほんの少し開かれたお口。お顔全体にただよう穏やかな微笑み。それは遠い昔、永観律師を励まされた時のまま。阿弥陀さまの慈悲のかたちがこれほど具体的にあらわされている佛さまは例がなく、「みかえり阿弥陀」と呼ばれ、広く知られています。

「もみじの永観堂」としても有名。

永観堂 禅林寺ホームページ

 

11月7日~12月6日 9時~16時 寺宝展

11月7日~12月6日 17時30分~20時30分(21時消灯) ライトアップ

永観堂1

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 永観堂 知っておきたい3人の人物

永観律師

上記の伝承だけでなく、阿弥陀如来像を運んだ際のエピソードなども伝わっています。境内に施療院を建てるなど、恵まれない人のために奔走したのだそうです。

 

静遍僧都(じょうへんそうず)

鎌倉時代、真言宗の僧侶。念佛をとなえるだけで救われるという教えに反発、自分のほうが正しいと証明しようと、法然上人の著書を開くも、その教えに傾倒。深く帰依する。
法然上人の愛弟子証空上人を次の住職として招く。

証空上人

すべてを阿弥陀佛にまかせきってとなえるお念仏の大切さを説き、「白木の念佛」と名づけて、人々に勧める。禅林寺は、法然上人を宗祖に、証空上人を派祖として、浄土宗西山禅林寺派の総本山となる。

諸堂をめぐる

 

総門から、諸堂入り口へ。靴を脱いで上がります。

永観堂 見取り図

 

古方丈・瑞紫殿

普段も拝見することができる古方丈。襖や、桟の造形も見どころですが現在は普段は見ることが出来ない寺宝が展示されています。室町時代に描かれたという、肖像画や書物が紙の質が分かるほどまじかに展示されています。

池のしつらえられたお庭を巡って、瑞紫殿へ。開山時に5体安置された仏像のうち、4体は応仁の乱で燃えてしまったのだそう。しかし一体は奇跡的に残り、「火除けの阿弥陀」としてこちらの瑞紫殿の本尊として安置されています。つまり、863年からこちらに伝わっていることになります。

永観堂 古方丈

古方丈 お庭

 

釈迦堂・御影堂(大殿)

唐門を観ながら、次に釈迦堂に入ります。釈迦堂は、室町時代の建立とされ、本格的な書院造りです。6間からなり、それぞれに、華やかな襖絵が観られます。「虎の間」「仙人の間」は、その襖絵をぜひ、ご覧ください。

永観堂 唐門

永観堂 釈迦堂 お庭

永観堂 御影堂
大きく荘厳な御影堂(大殿)の中をお参りして、裏手に順路が続きます。

永観堂 三鈷の松

三鈷の松がみられます。少し分かりづらいですが、写真中央の幹がそうです。葉先が3つに分かれることから、「知慧」「慈悲」「まごころ」をあらわすそう。

回廊を進むと左右に、上へ向かう階段が。順路は右手側ですが、左の階段も見落とさないでください。こちらは、「臥龍廊」。山の斜面にそって、巧みに木を組み合わせて作られた廊下です。起伏が激しく、龍の体の中を歩くようだ、とのことですよ。こちらは、今回は通れませんでした。

永観堂 臥龍廊

さて、位牌堂を過ぎると、いよいよ本堂の阿弥陀堂です。

阿弥陀堂 「みかえり阿弥陀」

永観堂 阿弥陀堂

こちらは、まず天井を見てみてください。

ご本尊「みかえり阿弥陀」がまつられる本堂。慶長12年に大阪から移築された。堂内は極彩色で各天井には「百花」が描かれているが、両端の長方形の部分だけは白く塗った「散り蓮華」となっている。

とあるように、天井や、柱、桟に描かれた絵柄が見事です。「当麻曼陀羅図」も入ってすぐに見ることができます。そして、「みかえり阿弥陀」の前へ。

阿弥陀如来の立像はさほど大きくはありません。しかし座って眺めると、見上げるかたちになります。左後ろに首を傾げ、確かに待ってくれているよう。しばらく見入ってしまいました。お顔の向けられた向かって右側にも行ってみましょう。
穏やかな表情を拝見することができます。

見返り阿弥陀の立像の右側には、平安時代に彫られた地蔵菩薩さまなどに並んで、永観律師の像もあります。ちょうど、阿弥陀様からみて左後ろ、人々のために修行をされたお姿に、今も阿弥陀様の視線が向けらています。

紅葉の永観堂 お庭

さあ、ぐるりと堂内を巡ったら、お庭の景色を楽しみましょう。紅葉の間から多宝塔をカメラに収められるのは放生池の向こう側です。
高低差のある境内ですから、良い写真スポットだらけですよ。

 

永観堂 唐門 もみじ

 

表から見た唐門。紅葉が見事ですね。

 

永観堂 もみじ

永観堂 もみじ

 

多宝塔にも登ることが出来るようです。

永観堂 多宝塔へ

写真は多宝塔への階段。

永観堂 もみじと多宝塔

 

誰かが先を歩んでくれる、その安心

世の中のスピードが早く感じたり、自分が人より遅く、ゆっくりしか進めていないと思えたり。何とか日々をやり繰りしているけれど、気持ちは置いてきぼりだったり。
人生の段階にもよりますが、皆様も感じることがありませんか。

また、職場である程度勤務年数を経て、人を指導する立場の方、自営業で自分が運営をしている方。誰かが、前を歩いてくれることのありがたみ、感じませんか。

永観さんは、人々を導く立場であったでしょう。その道が、正しいと、一緒に歩む者がいると示されることは、なんと大きな支えでしょうか。この仏像を彫った仏師のなんと人心を理解していたことか。
人の前に立ち、道を示すということの責任の重さはいつの時も変わらないでしょう。

私など、人さまと同じスピードで歩むことさえ夢のよう。ともすると同じ場所をただぐるぐると迷うような人間です。リーダー論とは今世では縁がありませんが、待っていていただく側として、阿弥陀如来さまの姿にほっと、胸をなでおろす気持ちがしました。

あの「みかえり阿弥陀」の仏さまは、珍しい動作の姿が、より人間らしく、近しく感じられます。ただ超然と立っておられるのではなく、語り掛けるような姿はたくさんの人々の心を支え、救ってきたのではないでしょうか。

永観堂 句言

句言は皇女和宮の句。彼女もまた、公武合体の大任を背負い、人の通ったことのない道を歩んだ人でした。結果として、薩摩から嫁いだ篤姫と共に、江戸城を無血開城へと導くこととなりました。句は京都を去る頃のものでしょうか。

いかがでしたか。皆様もぜひ、朱色に染まる秋の京都を楽しんでくださいね。

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