【平家物語】龍宮城の夢、徳子の祈り【最終話 11話】

椿  平家物語

「人の世にある苦しみは、全て自分のこととして思い知らされました。一つとして分からぬ苦しみはございません。」

アニメでの建礼門院徳子の言葉です。

平家の盛衰、すべての終わり。『平家物語』灌頂巻、大原御行、六道之沙汰では、後白河法皇と建礼門院徳子の会話が物語を終りへと導きます。大原、寂光院まで訪ねてきた後白河法皇。始めは、会うことをためらった徳子も、昔を語り始めます。

人として生まれ、一度の命で、多くの幸せも、多くの苦しみも見た徳子。彼女の目線が、『平家物語』を総括してくれています。

 

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六道之沙汰

灌頂巻、六道之沙汰より

灌頂巻 六道之沙汰 1

 

訳文

女院は涙をおさえて申されるには、
「このような身となりましたことは、一時の歎きであることは申すまでもありませんが来世の往生のためには喜ぶべきことと思われるのです。こうしていちはやく釈迦の御弟子に加わり、ありがたいことに阿弥陀如来の本願に導かれて、五障三従の苦しみをまぬがれ、昼夜、三時の勤行によって、六根の罪障を浄め、ひたすら九品浄土に往生することを願っています。もっぱら一門の冥福を祈り、常に阿弥陀三尊のお迎えをお待ちしております。いつの世までも忘れられないのは先帝の御面影で、忘れようとしても忘れることはできず、その悲しみは耐えようとしても耐えきれません。ただ親子の情愛ほど悲しいものはありません。それ故、先帝のご冥福のために、朝夕の仏事供養のお勤めを怠ることはございません。これも仏道へのよいお導きと存じます」(略)

続けて徳子は、それまでの自身の来し方を、仏教の六道になぞらえ、語ります。

平家一門が栄華にあった時代は、まるで六道の「天上」であったこと、都落ちは「人間道」、九州でも追われ海上に漂白した様を「餓鬼道」、戦いに明け暮れる様は「修羅道」、壇ノ浦の戦いでの苦しみは「地獄道」のようであったと言うのです。

当時から仏教では「天」「人」「修羅」「畜生」「餓鬼」「地獄」というのが六道で、私たちは自らがつくった業によってこの六道で生死を繰り返す、と考えられていました。六道は、最上の「天」を含めすべてに苦はあるとされます。仏教では六道を輪廻する世界からの解脱を、往生とし、目指すのです。
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龍宮城の夢

そして、捕らえられ、京へ戻される道中、彼女がみたある夢の話となります。これは、六道で「畜生道」になぞらえた下り、と言えるようです。

灌頂巻、六道之沙汰より

灌頂巻 六道之沙汰 2

訳文

さて、武士どもに捕らえられて、都に上って参りましたとき、播磨国明石浦に着いて、少しうとうとと眠りました時の夢に、昔の内裏よりはるかに立派な所に、先帝をはじめ奉り、一門の公卿殿上人が、みな格式高い礼装で威儀を正して居並んでおられました。都を出てから、このような所をまだ見ませんでしたので、『ここはどこでしょうか』と尋ねますと、二位の尼と思われる方が『龍宮城』と答えました。そこで『結構なところですね。ここには苦はないのですか』と尋ねましたら、『それは竜畜経のなかにみえております。よくよく後世を弔ってください』と申すと見て、夢がさめました。その後は、いよいよ経を読み念仏を唱えて、先帝をはじめ一門の御菩提を弔い申しております。これらはみな六道に違いないことと思われました」

当時竜は、神聖なものではなく、畜生とされたのです。『往生要集』では「其の住処に二有り。根本は大海に住み、支末は人天に雑わる」とされ、「又、諸の竜の衆は、三熱の苦を受けて、昼夜休むこと無し」と書かれます。

しかし『平家物語』におけるこの、徳子の夢にみえた龍宮城、具体的に苦があるとは描写されてはいません。幸せな、苦の無い場所とも捉えられますし、やはり責め苦があったとする捉え方、両方ができます。(原文中の龍畜経というのが、何の書物を指すのかは不明なのだそうです。)

それでも、立派な御殿に正装の一門の姿、とありますので、苦のないところであってほしいですね。

さらに、以前の記事でも紹介したように、『竜女であっても、修行をし、往生を遂げた』とする教えが、『法華経』提婆品の中にあり、当時の女性の救いとなっていました。(女性は往生ができないとされていました)
徳子もこれを知っていたでしょう。一門は、罪をおかして「畜生」としての竜の身となって龍宮城にいたとしても、まだ、救われる道もあるはず。それが、徳子の夢として現れたのかもしれません。

アニメでは、龍宮城について語る徳子は、微笑んでいます。それは、彼女が「許して、許して、許す。」そうした果ての光景のようですね。祈りは、徳子に託されました。

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祇園精舎

そして、アニメ「平家物語」において、語り継ぐことを決意したのは、びわでした。物語はループします。

巻第一、祇園精舎より
巻第一 祇園精舎

訳文

祇園精舎の鐘の響きは、「諸行無常」の偈を説き、釈尊入滅のとき、いっせいに色を変えた沙羅双樹の花は、盛んなる者はかならず衰えるというこの世の道理を示している。
権勢をほしいままにする人は、久しくそれを維持できるものではない。ただ、春の夜の夢のように、はかないものである。猛威をほこる者も、ついには亡びてしまう。それは、一陣の風の前におかれた塵のようなものである。

アニメでは、物語を紡ぐびわの声に、登場人物たちの声が重なっていくラストが素敵でした。後白河法皇、徳子、びわの母、静、落ち伸びて暮らしているように見える資盛の声。そして、重盛の声も重なっていきます。

源氏方についた一部の者と、女人以外は悉く、この世に永らえなかったとされる平家一門。しかし、平家の落ち武者の伝承は各地に残っています。資盛も名を変え、静に暮らせていたら。そんな願いをアニメは形にしてくれていました。

 

 

 

いかがでしたか?

語られる、物語。続く、祈り。『平家物語』は、壮大で圧倒的な物語です。琵琶法師によって語られ、多くの芸術・芸能作品の親ともなりました。

この記事が、皆さまにとって少しでも『平家物語』を味わうお手伝いになれば、嬉しく思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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参考文献 岩波書店 校注者 梶原正昭 山下宏明 発行者 山口昭男 『平家物語』(一)[全4冊]

講談社学術文庫 新版 『平家物語(一)全訳注』 杉本圭三郎 〔全4冊〕

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