1183年7月、源氏の白旗が、京に戻ってきました。しかし、木曽義仲は後白河法皇や京の人々が期待した通りの人物ではありませんでした。洗練された武人、都に住んだこともあり、しきたりにも通じた頼朝に対し、京を知らない、義仲。彼の京での振舞いを『平家物語』はどのように記述しているのか、みてみましょう。
京での義仲
猫間 ”田舎者”として描かれる
巻第八、「猫間」より
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あるとき、猫間中納言光隆卿という人が、木曾とご相談なさるべきことがあって来られた。郎党どもが、
「猫間殿がおめにかかり申すべきことがあるといって、おいでになりました」
と申すと、木曾はおおいに笑って、
「猫が人に対面するのか」
「これは猫間の中納言と申す公卿でいらっしゃいます。お屋敷のある所の名と思われます」
と申したので、木曾は、
「それでは」
といって対面する。それでもなお猫間殿とは言うことができず、
「猫殿がめずらしくお出でになったので食膳の用意をせよ」
と言われた。中納言はこれを聞いて、
「ただいま、それには及びません」
と言われると、
「どうして食事の時刻に来られたのに、そんなことがあろうか」
なんでも新しい物を無塩というのだと心得て、
「ここに無塩の平茸がある。はやく、はやく」
と調理を急がせた。根井の小弥太が食膳の給仕をする。たいそう大きく深い田舎の椀に飯を山盛りにし、お菜三品に、平茸の汁で食事をすすめた。木曾の前にも同様の膳を据えた。木曾は箸をとって食べる。猫間殿は椀の気味わるさに召しあがらなかたので、木曾は、
「猫殿は小食でいらっしゃるか。世にいわれる猫おろしをなさった。かきこみなさい」
とせきたてた。中納言はこのようなことに興ざめして、ご相談なさるはずのことを一言も言い出さず、そのまま急いで帰っていかれた。
義仲なりの無骨なもてなしは、京の貴族を唖然とさせるものだったようですね。山盛りの椀を、かきこんで食べるよう促す、猫(間)殿という呼称にかけて冗談を言うなど、義仲には微塵も悪気はないようです。
これを、義仲を笑い者とする意図で記している「平家物語」。しかし現代の我々が読むと、実直で裏の無い義仲に対し、表向きは品位を保ち、内面は排他的で狡猾な京の貴族、という対比が際立ちます。
しかし、ただ京の人々が意地悪く”田舎者”を嫌ったといいうわけでもありません。義仲がこうまで悪しざまに描かれた理由は、次の「鼓判官」の条を読むとみえてきます。
嫌われたのは、”田舎者”だったからではなく”略奪者”だったから
「平家が都におられた時は、六波羅殿といって、ただなんとなく恐ろしかっただけである。衣類を剥ぐということまではなかったのに、平家に源氏がかわって、かえってひどいことになった」
と人々は申した。
木曾左馬頭のもとへ、法皇から御使いがあって、
「狼藉をしずめるように」
と命じられた。御使いは壱岐守知親の子で、壱岐判官知康という者である。天下にすぐれた鼓の名人であったので、当時の人は鼓判官と申していた。木曾は対面して、まず御返事も申さずに、
「いったいあなたを鼓判官というのは、多くの人々に打たれなさったからか、張られなさったからか」
と尋ねた。知康はあきれて返事をするまでもなく、院の御所に帰り参って、
「義仲は愚か者でございます。今にも朝敵となるでしょう。ただちに追討なさいますよう」
と申したので、法皇はそれではと、ご決断になったが、それにふさわしい武士にもご命じにならず、延暦寺の座主や、園城寺の長吏に仰せられて、延暦寺・三井寺の悪僧たちを召集なさった。公卿、殿上人が召集された軍勢というのは、向え礫・印地、とるにたらぬ無頼の徒・乞食法師といった者どもであった。
猫間、のエピソードを見ると、京の文化を理解しない田舎者の義仲を、京貴族が嘲笑しているだけのようにも見えますが、どうやら、京の庶民には、義仲を嫌うに十分な理由があったようです。
この、義仲の兵たちの暴れようについて、平家物語に記される義仲の考えは
このようなものでした。養和の飢饉からそう時も経っていない京。ただでさえ物資に困っているなか、多数の義仲の兵までなだれ込んできました。その兵が掠奪をくりかえしたとすれば、「平家の頃の方がましだった」と京の人々が考えても無理はないですよね。『玉葉』にも、7月18日条に法皇が「京中ノ狼藉停止ス可キノ由仰ス」とあり、その後も再三、狼藉の有様について記述がされ、「憑ム(たのむ)所ハ只頼朝ノ上洛ト云々」とあり、この事態を鎮めるために、頼朝に期待をしている、という記述までされたのです。
義仲の兵による略奪、狼藉はどうやら事実のようです。『平家物語』が記す義仲のこのセリフまでもが、事実に近かったとすれば、京の人民が義仲を恐れ、かつ嫌ったとしても頷けます。その意趣返しが、田舎者としてあざけるエピソードをうんだのかもしれません。
今回はここまで。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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