【杉本恭子「京大的文化辞典」】本を片手に京都をめぐる⑤ 

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京大的文化辞典 本を片手に京都をめぐる
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京大的文化辞典 自由とカオスの生態系  最後のアジール(自由領域)を大解剖

著者杉本恭子(2020年6月25日初版)
発行所 株式会社フィルムアート社

 

京大的文化辞典

序章から最終章まで7章に、京大のキーワードを詰め込んだ、テンションの高い、エネルギッシュな辞典。
副題にある通り、「自由」をメインテーマにしています。
今回の記事では、この本の概略と私が気になった箇所を上げていきたいと思います。
本書を手に取ったとき、気になった箇所は、3章「やぐらとこたつ」。インタビュー「森見登美彦氏に聞いてみた」でした。
そう、森見登美彦氏の背景を知ることができるのではと、手に取ったのです。

しかし、まんまと作者の術中にハマってしまいました。京大生って「頭がとても良く、でもとても変わっている」という印象がありませんか?その訳が、本書の中に詰まっていました。

※今回は、本書のメインテーマに沿った箇所だけの記事です。森見登美彦氏のインタビューに触れているページは、「京大的文化辞典」その2

 

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①まずは、京都大学について

コラムより

京都大学は1897年創立。「創立以来築いてきた自由の学風を継承し、発展させつつ」と基本理念の前文に書かれているように、かなり、「自由」や「自治」に敏感な大学です。

教育においては、(略)学生自らの探求心による勉学が行われることを重視。学内の意思決定においても、教職員や学生の意見を反映する「大学自治」が行われてきた学校です。

教養部で35年を過ごしたドイツ文学者の前田敬作先生曰く

「自由は天下公認の崇高な価値あるいは感情だ。気ままや好き勝手には、規律や規範に背いている、あるいは正道を踏み外している状態といったニュアンス、つまりは、だらしのないなにやら胡散くさい臭いがつきまとう。教育部の自由には、この匂いがかなり強烈にまじっている。そして、ともすれば崇高になりすぎる傾きのある自由という蒸留水になんとも言えない芳醇な味をつけている。」

また心理学者の木下富雄先生曰く

「京都大学は自由というより放任、つまりホッタラカシの大学なのである。そしてこのことが、大学を学問的修羅場とかサバイバルの場にすることに結びついている。」

学問的修羅場、なんてワードが飛び出して、京大の特異さが垣間見える始まり方です。

②序章~5章

序章から5章までは「折田先生像(ハリボテ)」や「西部講堂」、「やぐら」「こたつ」、「吉田寮」、「熊野寮」「タテカン」といった京大ならではのワードを見出しとして、筆者が取材し、詳しく説明しています。中から気になったいくつかを紹介します。

「折田先生像」(ハリボテ)

1988年学生間の対立への介入のため機動隊が3回、乱入。抗議活動の一環として折田先生像を赤く塗る者が現れました。
その後、いたずらとして、常習化。京大当局「当局の看板」を立てるも、それもパロディ化していたずらに巻き込まれました。以降、現在まで「誰がつくっているのかわからないのに続いている」のだそうです。

 「バリゲード・ストライキ」(大学紛争)

いわゆる大学紛争は1969年前後。全共闘や民青が大学当局と団交を行いました。

全共闘→全国共闘会議。1968年~1969年にかけて、各大学で学生自治会やセクトを超えて運動するために生まれた組織
民青→日本民主青年同盟の略称。日本共産党と連携して活動している)
団交→団体交渉の略。労働三権の一つ。大学においては、学生が労働者の立場に擬して大学当局と交渉を行う。

 

この時、机や椅子、タテカンなどを針金で結束してバリゲードを築き、校舎あるいはキャンパス全体を封鎖。主張・要求を掲げて講義や試験を放棄し、大学の機能を麻痺させるバリゲードストライキが行われました。

数学者で京大の教授であった森毅氏は著書の『ボクの京大物語』の中で、このとき、「団交プロダクションのようなことを始めてしまった」と語っているそう。
この本には、教養部の名物教授たちとのエピソードもたっぷり登場するそうですよ。

1969年の1月からのバリストでは、バリゲードのなかで、学生たちが「反大学」をスローガンににした自主講座を立ち上げると、教養部の教官たちも正規の講義に代わる自主講座を開講。学生と「どっちがおもしろいものをやるかで、学生という客を取り合った」のだそう。

1970年~1993年までに教養部では28回のバリゲード・ストライキが行われましたが、バリストを受けて、授業計画や方法の改革、教授会運営まで民主化が進んだようです。

「教養部の歴史を紐解くと、真剣でありながらもどこか愉快な対話の光景と、自律的な変革の軌跡が見えてくる。」

「やぐらとこたつ」

やぐら

京大生は、情宣活動(情報宣伝活動)や集会など「何かをはじめるとき」には「とりあえずやぐら建てる」のだそう。

中には理由もなく、居場所をつくるためだけに建てられるものも。

こたつ

筆者が学生だった1990年代、やぐらやこたつは京大の風景のほとんど一部。だったそう。
「自分たちの拠点はどこにでも移動できるし、つくることができる」

「すごく簡易に、世界をまったく違う視点から見ることができます。」「『この場を自分たちのものとして考えよう』と呼びかけるのがミソなんです」

どうやら、こたつはよく吉田寮からリヤカー乗せて運ばれているよう。

座り込みに使われたり、自治会の新入生勧誘に一役買ったりしているようです。

私は森見作品で、「韋駄天炬燵」は、森見氏の完全なる創作だと思っていました。神出鬼没なこたつが現実のことだったとは!

 

「石垣★カフェ」

石垣★カフェは、2005年1月14日~8月16日まで百万遍交差点南東角の石垣上に存在。自治のタテカンを設置していた石垣をなくさないため、やぐらにこたつを持ち込み、小屋として増強したものだそうです。

学生側の修正案が、歩行者専用通路をつくると同時に世論に支持されていた石垣保存を両立するものであったので、合意にいたり、撤去されています。

③「終章」 今は個々バラバラの細流であっても

この章では、京大的文化をつくっていた人たちが、今この世の中にどんな場を開いているのかを紹介している。

中でも印象的だったお二方。

中桐康介さん(95年度生) 「オシテルヤ▼相談支援センター」の代表

「逸脱系」の人たちと日々の暮らしをつくる

大阪で「オシテルヤ▼相談支援センター」の代表
大学在学中から、大阪・釜ヶ崎の越冬闘争に関わり、後に「釜ヶ崎パトロールの会」に参加。2000年から野宿者の排除がはじまっていた大阪・長居公園でテントを張って暮らす野宿者の支援に入りました。大学を中退して、活動を本格化。
テント村という生活の場をうまくやっていく、それ自体の苦労。周辺住民からの行政に対する『出て行かせろ』という圧力。地域との軋轢もはらみながら、困っている仲間を迎え入れていける村をつくろうという活動をしてきたそう。「場所をみんなと一緒に自主管理して、生活をきちんとつくっていくことが、排除を止めていく運動そのものだと思っていました。」
2007年長居公園のテント村は大阪市による強制撤去を受け、フリースペースで夜回り活動や相談支援活動を続けることに。望む人には、行政手続きや住宅確保の支援もし、2011年、地域のアパートで暮らしはじめた元野宿者を支える仕組みも必要だと考え、オシテルヤの場所と名前を受け継いでヘルパーステーションを設立。訪問介護と在宅介護の事業をはじめる。

「僕は”逸脱系”と呼んでいるのですが、テント村やオシテルヤで出会う人は、常識的な社会から逸脱しがちなものの考え方を身につけてしまっていて、なかなか適応の難しい人も少なくないんです。社会から排除されてきた結果、生きる術として犯罪を犯したり、すぐ嘘をついてしまったりするんですね。社会秩序から逸脱してきた彼らを受け入れるためにも、また彼らをサポートするスタッフを守るためにも僕自身が専門的な理論やノウハウを勉強して身に着けていきまた。」

「物議を醸すことをしたいんだよね。問題を起こしながらも一緒に暮らせたらそれでいいじゃん。変わる側は、地域であって、差別や偏見をもっている側だろうという気持ちが強くあるから。嫌がられて、『なんだ、あいつらは?』って思ってくれないと、本当に考えるきっかけにならないんじゃないかと思っているんです。」

 森下光泰さん(91年度生)『バリバラ』」のチーフプロデューサー

日本放送協会(NHK)に入局し、ディレクターとして差別や人権をテーマにしたドキュメンタリー番組などを制作。現在は、NHK大阪放送局で「みんなのためのバリアフリー・バラエティー『バリバラ』」のチーフプロデューサー。
同番組は「日本の障碍者の障碍者による、障碍者のためのバラエティ番組」として2012年にスタート。森下さんが関わりはじめた2016年「生きづらさを抱えるすべてのマイノリティ」を対象とする番組へとリニューアル。

「この社会の大きなものさしに合わせるのがあたりまえだと思っている人たちに、違うものさしがあるのだということを伝えたい。」

「京大に行って何がよかったかというと、無数の気付きを得られる環境があったことだと思う。自分たちに関わる一つひとつのことを決めてゆく、めんどくさいけど大切な作業の積み重ねが自治です。その感覚を身に着けた人間が、この社会のなかで自分の足元をちゃんとつくっていけば、小さな力ではないと思うんですよね。」

私見

最初は、気軽な読み物だろう、と手に取った本書。京大の中でしか使われていないワードや文化を面白おかしく解説してくれるのだろうと。

森見登美彦氏をはじめ、京大出身の方々の育った背景を知りたいな、という興味だけで手に取ったのです。

ところが、「自由」や「自治」というテーマが、圧をもって押し迫ってくる、非常にエネルギッシュな読み物でした。京大出身者の「変わり種で思い切った活動」や「並外れた行動力」の源がここにあったのだ、と本書が教えてくれます。

ただし、読む側にも、かなりエネルギーを使わせる、油断ならない『辞書』です。気力と体力がある時に読むことをお勧めします。

本書を読んでの私見と森見登美彦氏のインタビューについては、別記事で触れたいと思います。

「京大的文化辞典」その2 

 

 

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