【安井金毘羅宮】本を片手に京都をめぐる①【スピ散歩】

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縁切り縁結び碑 本を片手に京都をめぐる
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今日のお供はこの一冊 『スピ散歩 ぶらりパワスポ霊感旅①~⑥』

『スピ散歩 ぶらりパワスポ霊感旅①~⑥』はこんな本

作者の伊藤三巳華さんはホラー漫画家としてデビューした、いわゆる、「視えちゃう」人です。

本作は、彼女が神社仏閣、パワースポットと言われている場所に出向き、彼女にしか視えない世界観で解説してくれる実体験エッセイ漫画です。2020年現在、1巻から6巻まで出ています。

一冊につき、8~9か所、神社仏閣、パワースポットを紹介していて、秋田、東京、茨城、神奈川、千葉、山梨、京都、奈良、和歌山、長崎、沖縄、スリランカ等々パワースポットが登場しています。

解釈を読者に押し付けるのではなく「私にはこう視えちゃった」「こんな解釈でお参りしてみたら」と、まるで友達とおしゃべりしながらパワースポットを巡っている気持になる漫画です。油断していると怖いページもありますが。私は「視えない」ので本当かどうかの検証はできませんが、「こんな気持ちでお参りしたら楽しそう」「もっと正しく畏れをもってお参りしたほうが良さそう」等々、神様について解釈を手伝ってくれる読み物です。

作品を読んで、訪れた「安井金毘羅宮」

さて、「スピ散歩」⑤巻に登場する「安井金毘羅宮」は、京都府にあります。行ってまいりました。

基本情報 安井金毘羅宮ってこんなところ

祭神 崇徳天皇 大物主神(別名 倭大物主櫛瓺玉命)源頼政

由緒 天智天皇(626~672)の時代に藤原鎌足が、一族の繁栄を祈って創建。藤を植えたことから「藤寺」と号される。その後、崇徳天皇が阿波内侍を住まわせる。

特徴 悪縁を切って良縁を結ぶ神社として有名。縁切り縁結び碑は、見た目のインパクト大!

アクセス 阪急京都線「河原町」から徒歩10分。京阪本線「祇園四条」から徒歩15分。

安井金毘羅宮 2020.07.13

 

崇徳天皇と阿波内侍 史実と伝承

まずは、ご祭神の崇徳天皇(1119年- 1164年)と阿波内侍について、史実を調べましたので、簡単にご紹介します。

崇徳天皇をかなりざっくり説明すると、「政権争いに敗れ、怨霊とまで呼ばれた天皇」です。

崇徳天皇は、数え年5歳の1123年から1142年まで天皇として在位。1156年、保元の乱(貴族の内部抗争)で後白河天皇に敗れ、讃岐に流刑になった後、讃岐の地で金毘羅宮にこもりました。流刑から8年後、崩御しています。

『崇徳院は流刑の地で、仏教に深く傾倒し、写本作りに専念。しかし、完成した写本の受け取りを後白河院に拒まれる。これに激しく怒った崇徳院は、舌を噛み切った血で写本に呪詛の言葉を書き込む。そして、崩御するまで爪や髪を伸ばし続けて夜叉のような姿になり、後に天狗になった』(保元物語による)

そして彼の死後、後白河天皇に近い人々が相次いで死去、大きな事件や火災が起こります。崇徳天皇の怨霊を恐れた後白河天皇(院)は、保元の乱の古戦場に「崇徳院廟」を設置しました。

なんとも恐ろしい逸話の持ち主なのです。そして、この時代、呪いや呪詛が様々な文献に登場、人々に信じられていたようです。

怨霊としての逸話やイメージが強い崇徳天皇ですが、四国全体の守り神として祀られ、阿波内侍との温かいエピソードももっています。

阿波内侍は崇徳天皇の寵姫です。安井金毘羅宮の前身である藤寺に、崇徳天皇が住まわせていました。崇徳天皇の死後、彼女は出家しました。
この藤寺観音堂に崇徳天皇の霊が現れたことから、光明院観勝寺として建立された、と記録されているようです。後の安井金毘羅宮です。

スピ散歩流の解説では!?

さて、崇徳天皇と阿波内侍のエピソードは分かったのですが、なぜ安井金毘羅宮が「縁切り」で強力なご利益があるとされるのか、疑問が残ります。スピ散歩流の解釈をすると、謎が解けました。ご紹介します。

大切な人を「守る」ため生まれた術場

先ほど登場した阿波内侍。彼女は安井金毘羅宮の「悪縁を切る」力の始まりを担った方のようです。
これはあくまで解釈の一つとして読んでくださいね。

『天皇同士の政権争いは激しく、それに伴う呪詛は末代まで及ぶ恐ろしい呪詛だった。
その呪詛は寵姫にも向けられたという。その人が呪詛により不慮の死を遂げるかもしれないのを哀れんだ、ひとりの術師が寵姫のために、この地に宿りし蛇神を使い究極の縁切りの術を施したという』

上記は抜粋ですが、なにがすごいって、これを作者さん、今もここを守っている蛇足の巫女さんから「聞いたり」「視たり」しちゃってるんですって。蛇足の巫女さんってなに・・・。
でも、この解釈をすると、阿波内侍を「守る」ため、悪縁を切る術場が誕生したことになります。

とても素敵な始まりだなあ、と思いませんか?

蛇になって「根の国」へ。「根の国」で悪縁を捨ててくる「縁切り、縁結びの碑」

 

『碑を探って視えたのは夜。本来は夜に行うものかもしれません。ひとりの女と不思議な穴があり。女は穴の前で祈祷し蛇神と同化する儀式を受ける。一方その穴にはくぐった向こう側が「根の国」へとつながる特別な術が成されており、蛇神と同化した女は蛇の姿になってその穴を抜けるという・・・。そして「根の国」にて己の悪縁を呼び出す経を唱えその縁を根の国へ置いていくという・・・そして日の出とともに女は今度は穴を逆にくぐり・・・現世に戻ると』

すごいものが視えているようです。一度蛇になる覚悟がいるみたいですよ、皆さん。
でも確かに、形代が張り巡らされた碑の足元、しかも大人にはきついほどの大きさの穴。
あれをくぐる意味にも納得できる気がします。(現在の碑の位置と、作者が視た穴しは少しずれているらしいです。昔の位置では術が強すぎるのかもしれません。)

縁切り縁結び碑

さいごに

安井金毘羅宮に、かなり興味がわいてきませんか?
私は、興味はありつつも、人の執念の深さに怖さも感じました。そして蛇が恐い私は、くぐってまで切りたいご縁が無いよう過ごせれば、と思っています。

安井金毘羅宮、祭神として名前があるのは崇徳天皇だけではありません。「大物主神」がいらっしゃいます。この神様、神格として、国造りの神、蛇神、と表記されていました。先ほどまでのお話しとも重なります。元々、蛇神の力が宿っていた土地を氏神として祀ったり、術場として使ったり、かなり人が操作を加えた神社なのかもしれませんね。

この神様、別名を「倭大物主櫛瓺玉命」(ヤマトオオモノヌシクシミカタマノミコト)というそう。櫛に関わる神様でもあるみたいですね。9月の第4月曜日、「櫛祭り」が行われます。これは、古くなったり傷んだ櫛やかんざしを、境内北側の櫛塚で供養する祭祀。拝殿で舞踏「黒髪」を奉納し、日本の各時代の髪型を結い上げ装束をまとった、時代風俗の行列が、祇園界隈を練り歩く、というお祭りです。2020年は残念ながら中止ですが、興味をもっていただけたら、ぜひ、お越しください。

長々とお付き合いありがとうございました。作品を通して知る、神社の違った側面を感じていただければ、と思います。そして、スピ散歩を片手に、色々なパワースポットをめぐってみるのもお勧めですよ!

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