【六道珍皇寺】本を片手に京都をめぐる②【有頂天家族】※9月18日再編

スポンサーリンク
六道珍皇寺 本を片手に京都をめぐる
DSC_0918
スポンサーリンク

不思議な井戸のある「六道珍皇寺」

以前ご紹介した、森見登美彦著『有頂天家族』。作中に出てくる六道珍皇寺、というお寺があります。作中では、主人公の兄(次兄)がこの六道珍皇寺の本堂裏の古井戸に「引きこもって」います。そこへ皆が訪れて、人には言い辛い悩みやぼやきを、呟いていくようになり、それなりに、繁盛しているようです。

『井戸の底で耳をいるのは蛙にすぎないのだから、問題解決に効能がないのは明らかで、誰もそんなことは期待しない。期待せずにただ語りかける。はなから期待しないのだから、霊験がなくてガッカリという心配もない。ただ次兄に喋って、涙をちょっぴり流せば、何となく胸がスッキリする。それゆえに、次兄が何ら役に立つ助言をしなくても、彼らには実益がある。』

『ほかの連中のことなんぞ、俺はどうでもいいからなあ』と井戸の底で呟く次兄も、この物語の魅力の一つです。

ここに登場する井戸が実在しているのをご存じですか?しかもその井戸、冥途へ続いていると言われているんです。そんな六道珍皇寺、調べて、行ってまいりました。

『六道』 六道珍皇寺の名前にある、六道とは

仏教教義では‘地獄道’‘餓鬼道’‘畜生道’‘修羅道’‘人道’‘天道’の六種の道があるとされました。

「人間は死ぬと、三途の川を渡り、閻魔大王の裁きを受ける。裁きの結果によって六つの行き先がある。これが六道。そこで、生前に罪を犯した者は、閻魔大王によって地獄行きを命じられ、その地獄は、生前犯した罪によってさらに分かれている。そうして、‘服役期間’を終えた者は、輪廻転生によって再びこの世に生まれ変わるという。」
常識として知っておきたい日本の三大宗教より

六道とはこのようなものなのです。もちろん、目指すべきは‘天道’ですが、自然想像をめぐらせてしまうのは‘地獄道’ではないでしょうか。

地獄という概念

日本人が知るような「地獄」がつくられたのは仏教が中国に伝わり、道教と結びついてからです。
さらにこうした考え方が、日本で庶民に広まったのは、平安時代末期、源信という僧が『往生要集』を著してからになります。
この『往生要集』、別名『地獄物語』ともいわれる書物で、死後の世界のガイドマップであり、同時にどのようにすれば浄土に行けるかという、ハウツウ本でした。
(浄土とは釈迦が住む清浄な国土。ここに生まれ変わることを‘往生’といいます。)

この、死者供養の考え方は、当時、仏教が広まるうえで大きなセールスポイントになっていました。もともと日本古来の神道では、死に際して儀式はありましたが、死後についてのイメージは共有されていませんでした。仏教が伝わり、死後には安らかな世界があり、そこへ行く方法があると伝えたのです。
加えて‘国家安泰’‘病気の平癒’‘五穀豊穣’などを加持祈祷によって得ようとする現世利益も、セールスポイントでした。現世の利益と死後の安心、民衆の心をつかむのも納得できます。

そして、地獄という概念も広がったのですね。

近年でも、しつけに最適?と、『地獄』と題した絵本がマスメディアに取り上げられたりしていました。(著者白仁成昭、中村真男。監修宮次男 風濤社)インパクトの強い絵柄の本です。絵本としては怖すぎるとは思いますが、その真意は命を粗末にするな、というメッセージ、とのこと。

現代でも、初めて見る子供に衝撃を与える、地獄絵。奈良時代平安時代当時の人々にもさぞ恐れられたのではないでしょうか。

この世とあの世の辻にある!?寺の井戸から夜な夜な冥界へ通勤する官僚

六堂珍皇寺のある地は「野辺の送り」(平安時代の葬儀)が行われた、鳥辺野の端にあたります。

『この六道の分岐点で、いわゆるこの世とあの世の境の辻が、古来より当寺の境内あたりであるといわれ、冥界への入り口とも信じられてきた。』
(六道珍皇寺ホームページより)

そのためか、小野篁(おののたかむら)という人物が冥途通いをしたという伝説がうまれたのです。

『小野篁が夜ごと、冥府通いのため、当寺の本堂裏庭にある井戸をその入口に使っていた』(ホームページより)

小野篁(おののたかむら)(802年~852年)は平安時代初期の実在した官僚。昼は朝廷に出仕し、夜は閻魔庁に勤めたという伝説があるのだそうです。

参議という、閣僚級の高位にまでなり、文武両道であった篁ですが、奇行が多く、「野狂」とも言われたそう。百人一首には彼が隠岐に流刑になったときに詠んだ『わたの原 八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ あまのつり船』という一首があります。

昼間は現世で官僚、夜は冥途で冥官、なんとも人間離れした活躍っぷり。人だとは思われなくなっていたようですね。
優秀すぎると人々の目には、理解を超えた存在として映ってしまうのかもしれません。

『今なお、本堂背後の庭内には篁が冥途に通うのに使った井戸があり、近年旧境内地より冥途から帰るのに使った「黄泉がえりの井戸」が発見された。そばには篁の念持仏を祀った竹林大明神がある。』(ホームページより)

本堂裏の井戸、ぜひ見たくて訪れたのですが、今回は見られませんでした。(2020年8月)

「閻魔大王像」「小野篁像」は拝観させていただきました。なかなかの迫力でしたよ。迎え鐘の深い響きも、聞くことができました。

冥途に通じる井戸、見られるのは

2020年の特別拝観「寺宝展」は、この記事を書いている8月以降、9月19日~22日、10月1日~11月29日(11月10日、11日は休止)9時~16時(最終日は15時30分閉門)となっています。12月20日は小野篁の御命日法要もあるそうですよ。

※スケジュールは9月18日に調べたデータです。

六道珍皇寺ホームページ

六道珍皇寺ホームページ

さいごに

この世とあの世を行き来する、そんな方法があるのなら、皆さんは行ってみたいと思いますか?自分が行きたい、というわけでなくとも、亡くなってしまった会いたい人がいる、そんなことはあるかもしれませんね。

日本やアジアのいくつかの国には、『お盆』の文化があります。このお寺でも、『盂蘭盆会』という、ご先祖供養の行事が600年以上続いています。

盂蘭盆会(8月7日~10日)では、「精霊迎え六道まいり」が行われます。(2020年はオンラインでの代参)お精霊(おしょうらい)はご先祖様の霊のこと。盂蘭盆会はご先祖を家に迎え供養をする法要です。

いかがでしたか?
六道珍皇寺は、平安時代・室町時代から、「この世とあの世の辻」として人々の思いを寄せられてきたお寺でした。あの世の入り口が、このように街中にある不思議、日本人の死者との距離感を表すようです。毎年、ご先祖の霊を家に迎え、ご馳走を囲む、「お盆」という行事も、日本らしい「死」との向き合い方なのでしょう。

冒頭で紹介した、有頂天家族の登場人物たちも、お盆には納涼船を出し、五山の送り火を眺めます。地獄に通じるという井戸に、「引きこもって」いる次兄。繊細であり、実は豪胆な二面性ともマッチして、有頂天家族好きとしてもうれしい調べものでした。

六道珍皇寺、御朱印もかなり力を入れたものを書いてくださいます。ご興味のある方は行かれてみては?
観光客も暖かく迎えてくれますが、地元の方の菩提寺ですので、生きた祈りの場です。マナーに気を付けながら、お参りしてみてください。

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました