【梶井基次郎「檸檬」】本を片手に京都をめぐる④

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檸檬書店 本を片手に京都をめぐる

「それにしても心という奴はなんという不可思議な奴だろう。」

『檸檬』梶井基次郎 新潮社 昭和42年12月10日発行

檸檬 梶井基次郎

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あらすじ

「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦燥と云おうか、嫌悪と云おうか」という文章で始まるこの短編。

えたいの知れない感情に、何故か追い立てられる。皆さんにもきっとそんな気持ちの日があるでしょう。

そんな心を抱えたとき、どんな対処をしてみるでしょう。

ウインドウショッピングをしてみる、なんて思った方は、私と同類です。そういう感情のとき、一か所にじっとしているのって難しいもの。作中でも主人公は京都の街を、「みすぼらしく美しいもの」を夢想しながら彷徨っています。

主人公が以前好きであった老舗のデパート「丸善」は、お金に困ってからは「重苦しい場所」になってしまっています。

そんな主人公に「私は街の上で非常に幸福であった。」「それにしても心という奴は何という不可思議な奴だろう。」と語らせたのは、一個の檸檬です。

「何がさて、私は幸福だったのだ」

檸檬一つ買ってこの変わりよう。確かに心は不可思議です。

そんな、檸檬に酔った主人公。日ごろよほど恋い焦がれ、しかしお金がないという状況で反動のように嫌ってしまった丸善に「今日は一つ入って見てやろう」と思い立ちます。

しかし、デパートに入ってしまうと、幸福な気持ちが逃げて行く。画集の前に立ち、ひとしきり抜き出して眺めても、蘇らない。しかし、そこで思い出す。
「あ、そうだそうだ」
主人公は、画集を積み上げる。試行錯誤して積み上げたあと
「そして軽く躍りあがる心を制しながら、その城壁の頂に恐る恐る檸檬を据えつけた。そしてそれは上出来だった。」

「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう」

なんと、主人公、その檸檬が大爆発するという想像を胸に、その場を後にするのです。

画集の売り場に残されたであろう、奇怪なオブジェ。そしてそんなオブジェをこしらえて、きっと幸福に去っていく主人公。

不思議な読後感の作品です。

私見

心の起爆剤を探しに

きっと色々な分析もできる作品でしょう。檸檬が象徴するのは何かとか、爆発を連想して喜んでいる主人公の心情や精神状態とか。

でも、皆さんの直感として「あ、わかる」みたいな部分があると思うのです。私は、「わかる」と思ってしまった口なので。

何となく、焦れたような焦燥感のある時、じっともしていられず、「何かキラキラしたものが見たい」と思う。そして街でうろうろと「キラキラ」を探してしまう。
上手く「キラキラ」が見つかるときもあれば、そうならず、余計に苦しい焦燥感の中、帰るに帰れなくなることも。

なんなんでしょうね、あれ。

勝手に、女子会で「あ、それわかる~」と盛り上がったときのような感情をこの作品には感じてしまいました。

デパートについて

「特別」で「レトロ」

作中では丸善についてこう書かれています。

「生活がまだ蝕まれていなかった以前私の好きであった所は、例えば丸善であった。赤や黄のオードコロンやオードキシン。洒落た切子細工や典雅なロココ趣味の浮模様を持った琥珀色や翡翠色の香水瓶。煙管、小刀、石鹸、煙草。私はそんなものを見るのに小一時間も費やすことがあった。」

皆様のデパートでの思い出はどのようなものですか?

私は30代ですが、デパートでの思い出は、やはり、母との思い出です。
母の買い物に、少し余所行きの恰好をして(させられて)ついて行き、「長いなあ」と思いつつ、品定めをしたり、試着をする母を待っていた記憶があります。
そして、上の階のレストランで、何か美味しいものを買ってもらえるか、が最大の関心事でした。
あのころ住んでいたのは東京なので、もっぱら新宿の小田急デパートや京王デパート、高島屋、三越。フロアに漂う香水や化粧品の香りを今でも覚えています。
私の親の世代は「デパートで買っておけば大丈夫」という、デパート信仰みたいなものを持っていたように思います。お中元とか、お歳暮、お祝いの品はデパートで、今でもそうしているご家庭も多いでしょう。京都であれば、「藤井大丸」は、絶対の信頼を寄せられているように思います。
しかし、自分で家計をやりくりするようになった現在、私自身は全くデパートへは行かなくなってしまいました。やはり、「いいものを扱っているだろうけど、高い」のです。

そして、デパートというのは、どこか特別な郷愁を思い起こさせる場所です。高度経済成長期の遺物、といった印象がついてしまっています。
加えて、更新されることがない、母との記憶。

変わるべきと思っているわけではなく、そのレトロっぽさを、愛しているのですが。

丸善について

「檸檬」に登場する丸善はとても長い歴史を持っています。1869年、明治2年横浜で「丸屋善八店」を開店、翌年には日本橋に「丸屋善七店」、明治4年に大阪で「丸屋善蔵店」、明治5年に京都に「丸屋善吉店」と開店していきました。
丸善工作部が開発した筆記用インキは「丸善インキ」「アテナインキ」として丸善の目玉商品となります。早くから欧文の書籍を扱い、万年筆やタイプライターを輸入、販売していました。
明治30年創刊、企業PR誌として最古の「学燈」は、1902年から文芸評論家の内田魯庵を編集長とし、執筆者には、坪内逍遥、森鴎外らが名を連ねていました。以来、日本を代表する学者、文芸家が執筆しています。明治38年には夏目漱石も作品を掲載。絵画においても、武者小路実篤らが、丸善を通して、西洋から絵や画集を取り寄せ、ゴッホやルノアール、セザンヌといった印象派の絵画が、店頭に並ぶようになったそうです。

日本橋の店舗は関東大震災、東京大空襲でそれぞれ全焼するなど歴史の荒波をくぐり、「丸善」として絶えることなく戦後も営業してきました。戦後の高度経済成長時には飛ぶ鳥を落とす勢いだったのでしょう。
グーテンベルグの『四十二行聖書』、いわゆる活版印刷の本を落札。日本橋店で展示会を開き、皇族方も来場されるなど盛況であったようです。

しかし近年は、インターネットでの買い物が便利になり、また品質は良いと分かっていても、高額なイメージの商品を扱うデパートは不景気な時代には行きにくくなり、やはり衰退している分野なのでしょう。
段々と時代に取り残され、経営が悪化するデパートが多くあるようです。

最近の話で言えば、2020年8月31日そごう徳島店など4店舗の営業が一斉に終了しました。

大阪が発祥の百貨店そごうは、1957年有楽町にも開店し「有楽町で逢いましょう」を宣伝文句に東京に進出。同名の歌番組、歌謡曲、映画が制作され大流行になったのだそう。

小説「檸檬」の舞台となったデパート、京都の「丸善」は、2005年に閉店しています。閉店時には、閉店を惜しむ客が本の上に檸檬を置いたとか。

現在は、丸善自体が「丸善ジュンク堂書店」となっています。

作品を読んで行ってみたい場所

「丸善ジュンク堂書店」

京都府京都市中京区河原町通三条下ル山崎町251 京都BAL 地下1階~地下2階
営業時間:11:00~20:00
定休日:9月無休 10月無休
丸善ジュンク堂書店は、古川紙工株式会社とのコラボレーションによるレターシリーズ「檸檬書店(れもんしょてん)」を2020年9月4日より全国の丸善ジュンク堂書店(一部店舗を除く)にて販売いたします。

Francfranc

 

「キラキラしたもの」を探したい。私ならここへ行きます!

Francfranc イオンモールKYOTO店

〒601-8417
京都府京都市南区西九条鳥居口町1イオンモールKYOTO 2F B206G
TEL : 075-671-8500
営業時間 : 10:00~20:00
アクセス :

京都駅・八条口より徒歩約5分

Francfranc 京都藤井大丸店

京都藤井大丸店
〒600-8031
京都府京都市下京区四条下ル貞安前之町605藤井大丸 5F
TEL : 075-257-8251
営業時間 : 10:30~20:00
アクセス :

阪急 河原町駅10番出口より徒歩1分

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