【平家物語】橋合戦【アニメ5話 びわが吟じた原文】

びわ 平家物語

第五話、終盤、びわが吟じていたのは、宇治橋での、平氏と源頼政・三井寺衆徒との合戦の様子でした。

軍記もの、「平家物語」の真骨頂、合戦の場面です。

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橋合戦

『平家物語』の合戦描写は、集団の動きをダイナミックに叙述し、その中で奮戦する個々の武士や僧兵を大写しにするなど、視点を変えた描写であらわします。

巻第四、「橋合戦」より

巻第四 橋合戦 1

 

画像はクリックで拡大できます。

訳文

 宮は宇治と三井寺との間で、六度までも落馬なさった。これは昨夜おやすみになれなかったからだというので、宇治橋の橋板を三間とりはずし、平等院にお入れして、しばらくご休息になった。六波羅では、
「それ、宮は南都へお落ちになるというぞ。追いかけてお討ち申せ」
といって、大将軍には、左兵衛督知盛、頭中将重衡、(略)侍大将には上総忠清、(略)を先として、総勢二万八千余騎、木幡山を越えて、宇治橋のたもとへ押し寄せた。敵は平等院にこもったとみてとったので、三度鬨の声をあげると、宮の方も呼応して鬨の声をあわせた。平家の軍の先陣が、
「橋板をとりはずしたぞ。注意せよ」
とくりかえし叫んだが、後陣はこれを聞きとれず、我先にと進むうちに、先陣の二百余騎は押し落され、水におぼれて流されてしまった。

 

巻第四、「橋合戦」より

巻第四 橋合戦 2

訳文

 橋の両方のたもとに立ち出て、双方から戦闘の開始を告げる矢を射かけた。高倉宮の御方では、大矢の俊長、五智院の但馬、渡辺の省、授、続の源太らの射た矢は鎧も通し、楯も防げず貫き通った。源三位入道は、長絹の鎧直垂に品川縅の鎧を着、その日を最後と思われたのか、わざと甲はつけられない。嫡子伊豆守仲綱は、赤地の錦の直垂に、黑糸縅の鎧である。弓を強く引こうとして、これも甲はつけなかった。
ここに、五智院の但馬は、ただ一騎、大長刀の鞘をはずして、橋の上に進み出た。平家の方ではこれを見て、
「あれを射とれや、者ども」
と、剛力の弓の名手たちが、矢先をそろえて、つがえては引き、つがえては引き、さんざんに射かけた。但馬はすこしも驚かず、上がってくる矢をついとくぐり、下ってくる矢はひらりととび越え、向かってくる矢は長刀で切って落す。この見事さに、敵も味方も見物した。このこと以来「矢切の但馬」と呼ばれたのであった。

ここでの、合戦の宮方の主役は、三井寺の衆徒でした。ただ一騎、橋の上におどり出た五智院の但馬もその一人。
彼をクローズアップして描いた条です。異名をとる、ということは、超人的な活躍を人々が称賛した証でした。

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以仁王の乱決着、しかし打倒平家の気運は高まる

この後、平家軍は川の中を渡り向う岸へと進み、平等院を攻めました。アニメでは清盛が要約してくれているように、

「源頼政・仲綱親子は追い詰められ、平等院にて自害。以仁王は逃げる途中で矢を受け亡くなられた。おまけに匿った園城寺は、重衡、そなたが焼き討ちにしてくれた」

ということになります。

500もの敵の首、以仁王の首さえ、高々と槍の先にかかげ、六波羅へ凱旋する平氏。そして園城寺(三井寺)を焼くという行為。平家の行いがエスカレートしていきます。

5月15日に、謀反が発覚し、それら一連の争いは26日に終結。そして、畳みかけるように、清盛は都を京から福原へ、移すと決めたのです。

清盛、そして平家のこれらの行いは、中立的であった豪族らにも反平家の気運を呼び起こしたでしょう。ましてや、以仁王の令旨を受け取っていた各地の源氏、平家に圧迫されていた地方の豪族は、言うまでもありません。

以仁王が亡くなったと知らせが届いても、打倒平家の気運は否応なしに高まっていったのです。

 

今回はここまで。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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